そもそも会

沖縄そもそも会

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6/19(金)沖縄そもそも会に参加。

わが子ニキ坊が捉えた緊張のどや顔

全国から20名の参加者。なんか緊張する…何故緊張する?緊張するというのは、本当の自分よりも良く見られたいという心の垢のせいだろ。立つんだ!立つんだジョーという声が聞こえたような気がしたので、緊張してるならしてるでとりあえずいいべという感じで臨む。

本日のテーマは「労働について」。労働…中々深そうなテーマだなあ。

労働というとどんなイメージだろうか。

本来的には「他に奉仕すること」「生活を豊かに、便利にすること」「人様に喜んでもらうこと」

…で収入を得ること。で納税の義務を果たすこと。で生活を守ること。といった感じだろうか。

今回の沖縄そもそも会では①「労働は必要か」 ②「理想の労働」について議論がなされた。

①労働は必要か

本来的な意味において労働は必要不可欠だと思う。「他に奉仕すること」「生活を豊かに、便利にすること」「人様に喜んでもらうこと」を通して、自分が満たされる。自分が満たされると、もっと周りに尽くしたいという欲求が大きくなる。もっと奉仕したい、もっと豊かに、便利にしたい、もっと喜んでもらいたい…こういった意味での労働は、工夫や研究のためのストレスはあっても、現代の社会人が抱えるようなストレスからは解放されている。例えば、社内の出世争いとか、競合を打ちのめして自社が生き残る争いとか、本来的な労働の意味からかけ離れたストレスは本当はありえない。でも今僕たちはこういった無意味なストレスにもがいている。だから、本来の労働の意味を忘れがちになってしまう。あらゆる技術革新が加速的に進んでいるが、僕たちの労働が無くなるというのはありえない。労働の内容はガラリと変わるが、労働は必要不可欠だ。

おじさん真面目…

②理想の労働

これを考えるときに、まず労働は「自分のために働くことではない」というのを前提としたい。あくまでも奉仕。他者に尽くすことが労働であり、他者の喜びが自分の喜びで、「もっと喜んでもらいたい」という奉仕性が高まっていく。この好循環が労働に創造性をもたらし、社会が生活が発展し続ける。

でも実際はどうだろう。

世の中の多くの人はお金を得るための労働に従事している。社会もお金が無いと何も得られないようにデザインされている。そしてそのお金と呼ばれるものは、かつてはただの交換のツールであったはずが、現在は実体の交換に伴うお金のやり取りとは関係のない、金融経済市場が多くを占めていて、僕たちの生活と直接関係のないところで回っている。いや回っていない。集約されている。一極集中。その中で少ないΦを取り合う競争をさせられてる。今の支配構造に利用されてる。

だから、働いても働いてもお金持ちになれない。お金持ちになれないどころか貧困のままだ。日々の生活がままならない。なんとかお金を稼がなきゃ、家族を守らなきゃ、自分だけは…自分の家族だけはなんとか…

こんな環境で「他に奉仕する」なんてマインドになれる方が異常だ。労働は自分を、自分の家族を守るためだけのものになり下がった。だから労働問題が起こる。過労死が増える。対象に奉仕する喜びに触れられないまま、日々が過ぎていく。虚しくなるよね。もともとお金自体は全く悪くないんだけど。

だから、まずは「理想の労働」に必要な要素として、「衣食住の保障」があると思う。

その上で…

個性や才能を活かした労働

いつでも転職できる労働

最低でも週の半分はお休みの労働

こんな感じが理想かなあ。テクノロジーの発達によって、現在の9割の仕事は無くなっていくと言われている。僕たちが知るところだけで想像しても、資本主義は急速なコモディティ化によって、資本を回収することが出来なくなってきてる中で終りが見えてる。ブロックチェーンによる自律分散型の管理システムも目前だ。いよいよポスト資本主義経済の中で、本来の人間が為すべき労働とはどんなものなんだろう。

僕はたぶん、かなりの人がアーティストとしての生業で生きていく社会になるんじゃないかななんて思ってます。

激論お疲れ様でした!

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