色々な社会問題がある中でも、お金の問題を抱えてる人って結構多いんじゃないだろうか。
たしかに今の社会システムでは、お金が無ければ何も出来ないようになっている部分はあるだろう。明日食べるものにも困っている状況の人は沢山いる。こういった人にはすぐにでも経済的支援が必要だ。でも、経済的な問題が解決されたら、それで人は幸せと言えるんだろうか。
まず経済的な問題が、家計において解決されたらどうか。
衣食住の不安からは解消されるだろう。好きな服を着れて、好きなものが食べれて、好きなところに住める。働かなくても困らない。でもそれだけで幸せだろうか。たぶんお金の問題が解決されても、例えば家庭の問題、不倫とか嫁姑問題、夫婦関係の問題、子育ての問題、介護の問題なんかは本質的な解決は出来ないと思う。あとは、いじめの問題もそうだろう。つまり、僕たちの心の問題の部分はお金の問題が解決しても確実に残るだろう。
ある友人が、「問題の9割はお金で解決できる。でも残りの1割はより深刻な問題が残される。」と言っていたのを思い出した。今の社会システムの問題は、この1割を考えさせないようにする仕組みになってる。
だからといって、経済的な問題を放っておいていいという訳じゃない。いやむしろ早く解決しないといけない。
で、ここで考えたいのは、仮にお金のない世界になったら、人々は無意味なものに散在を続けるだろうか。何を食べても無料なら、毎日高級料理を食べ続けるだろうか。車を乗り回し、家の電気はつけっぱなしで、エネルギーを浪費し続けるだろうか。汚れた服はすぐに捨てて、常に新しいものを欲しがり、流行りを追い続け、使い切れない量の日用品をストックしたりするだろうか。はじめはそういう人も出てくるかも知れない。でもそんなことは無意味だと気付くだろう。
価値観の転換が起こる。〇〇を持ってるあいつが羨ましい。〇〇を持ってるオレはイケてる。こんな価値観は化石となり、本質的な問題の解決に心が向かうに違いない。
だから、経済的な問題の解決は急がなければならない。そして、本質的な問題の解決に向かう必要がある。つまり僕たちの心の問題だ。
「お金は口ほどにものを言う」とか「地獄の沙汰も金次第」とか言われてるけど、お金は所詮モノだ。ただの交換の手段だ。だけど、それを利用されてる。でも、利用してる奴らが悪いのか。いや、そうじゃない。僕たちの心の問題が、本質的な問題なんだ。じゃあ僕たちの心の何が問題なんだろう。ここら辺は、そもそも会で~~!